つがい影の夢

 


※UBWグッドエンドで、もしアーチャーもセイバーとともに現界が続いていたら…という前提のif設定です。
独自設定なのでご注意ください。



 どうにも間の悪いときというものがある。アーチャーにとっては今日がそうだった。らしくもない食材の買いそびれがあり、凛が学校から帰宅する前にと急いでマウント深山へ買い出しに赴いたのだが、行きつけの店が今日に限って閉まっていた。仕方なく別の肉屋へ足を向けたところ、店先には見知ったブロンドの後ろ姿が立っていた。
 もちろん彼は次の瞬間にはきびすを返してすみやかにその場を立ち去ろうとした。しかしほとんど霊感じみた直感スキル持ちの彼女はそれより一瞬はやく、小振りな頭をふりあおいで、今しもこちらに背を向けんとするアーチャーを発見した。

 「おやアーチャー、奇遇ですね。あなたも買い物ですか?」

 などと張りのある声で呼びかけられてはもはや逃げようもない。ここまで来て無理やり逃亡など試みようものなら、「アーチャー? なぜ無視するのです、アーチャー!」などとむきになった彼女に追いかけ回されるのは自明、のちのち後悔するのは誰あろう自分である。ならば被害は最小限にとどめたほうがよい。
 アーチャーは肩をすくめて彼女のほうへ寄った。セイバーの両手には、肉屋の屋根にもあしらわれているオレンジと白の縞模様が描かれた小さな包みがおさまっており、その中から、購入したばかりとおぼしいコロッケが小麦色の衣をのぞかせている。買い食い好きは相変わらずのようだ。

 「やあ、セイバー……。あー、息災そうでなによりだ」
 「おかしなことをいいますね。昨日も顔を合わせたではないですか。あ、少し待ってください。まふ、はふ」

 コロッケをひとくちふたくちと頬張りながら、セイバーは心底から幸せそうに頬を緩める。話の途中で食べ出すあたりも、わざわざひとこと言い置いてから食べだす奇妙な律儀さも、実に彼女らしい。ほころびかけの花びらのように色の薄いちいさな唇が、まだほかほかと湯気をたちのぼらせているコロッケを軽快な音を立てながら食んでいく。その懸命さは、冷めぬうちに、美味なものはいちばんおいしいうちにいただくのが礼儀と言わんばかりである。さりとて決して急いてがっついているわけでもない。よくよく味わいながら食べている。
 そういう彼女の姿を見ていると、アーチャーは首の後ろの血管がこそばゆくなる。ものを食べているときのセイバーと同じような顔をしてしまいそうになる。けれど、もしそんな表情を彼女に見られようものなら、自分は少なくとも一月ほどは日の下を歩けない。だから、丹田に力を込めて引き締めた。
 それにしてもこうまでおいしそうに味わってもらえるのだから、作る側もさぞ腕の振るい甲斐があろう。オレがそうだった。そうだったと、思う。そうだった、はず。
 そこまで考えてアーチャーは眉間をかるくおさえた。いつかの誰かの記憶を、ゆっくりと揉み消していく。

 「……アーチャー? どうかしたのですか?」

 ふと我に返ると、すでにコロッケを半分も食べ終えたセイバーがじっとこちらをうかがっている。
 アーチャーはいつもの、ちょっと皮肉っぽい笑みをくちもとにたたえて、常よりも饒舌に言葉を並べた。

 「いや。君の食べっぷりはいつも実に気持ちがいいと思ってね。この食べっぷりならあの半人前がついつい君のいい顔見たさに、家の財政を傾けてしまうのも無理はないだろうと思っただけだよ」
 「そ、そんなに節操なく食べてはいません! これでもおかわりは三杯までで済ませているのです!」
 「ああ、健康的でよろしいことだ。……それより、口の端にたべかすをくっつけたままでいるのはいただけないぞ」

 自然と手が動いて、太い親指が衣のかけらを払った。やってから彼は後悔した。いささか気障すぎるしぐさだったように思われたからである。しかしセイバーはべつだん気にしたふうもなく「これは失礼を、ありがとうございます」とだけ返した。さっきは気障に思われてはいやだと思っていたくせに、なぜかアーチャーの胸には安堵が訪れない。かわりに狙った的の中心を微妙にはずしてしまった、とでもいうような名残惜しい気持ちがこみあげていた。自らの不審な心の動きが気持ち悪く思えて、彼はしばし黙りこんでしまう。
 すると、

 「セイバーちゃあん」

 冷凍用ショーケースを隔てた店の奥からほがらかな声が聞こえてきた。二人してそちらを見やると、店名を刺繍したエプロンを身に着けた中年の婦人がレジ台へ小走りに駆けてくるところであった。

 「セイバーちゃんごめんねえ、あたしったらぼんやりしてて、今お釣り作ってきたから返すわね――ってあら、あら、あらあら」

 この店のおかみらしい婦人はぷくぷくした手のひらのうえで小銭を数えていた顔をあげてセイバーに笑いかけたが、隣に立つアーチャーを見てぴたりと視線が 子犬のような大きな目をさらにまるく見開いた。

 「あなたたしか……」

 この肉屋に来たのは二度めであるが、なにしろ目立つ容貌をしているアーチャーである。彼女の記憶に残ることもあったのだろう。礼儀として軽く会釈すると、彼女はゆたかに脂肪のついた顎の肉をやわらかそうにふるわせながら、得心したように数度うなずいた。その人のよさそうな顔が妙に華やいでいる。
 セイバーに釣り銭を手渡すときもこちらをちらちら伺っているので、小銭を取り落としやしないかとかえってアーチャーのほうがひやひやした。

 「あの、なにか」

 とうとう彼は耐えかねてこうきいた。

 「えっ? ああ、いえ、いえ。そうかあ、あなたがねえ。こうやってみると、ははあ、なるほどねえ」

 肉屋のおかみの頬はますますゆるんで丸く持ち上がり、出来立ての大福のようである。彼女はしきりにアーチャーと、隣でコロッケの堪能を再開するセイバーを見比べながら、子猫とか赤ん坊とか、そういうものを見るときの顔のほころばせ方をしている。セイバーはともかく、男の自分がそのような視線を向けられるいわれがわからないアーチャーは、とにかく注文をつげることにした。

 「その、牛モモ肉をいただきたいのですが」
 「あ、はいはい牛モモね。今夜はカレー?」
 「いえ、ビーフシチューを作ろうかと……」
 「へえ、ビーフシチュー!」

 凛に黙って投影したプロユースの圧力鍋を一刻も早く使ってみたくてうずうずしていたがゆえの献立であったが、フランス料理のフルコースをこしらえるでもあるまいに、そんなに盛り上がるようなメニューとも思えない。

 「すごいわねえセイバーちゃん、彼ってお料理上手なのねえ、よかったわねえ」

 なぜそこでセイバーが登場するのか?
 困惑を深めるアーチャーの隣で、セイバーはといえば、

 「ああ、ビーフシチュー、いいですね。最近ビーフシチューには白いごはんも合うのだと発見しまして……」

 などと、目を伏せてうっとりとしている。会話に食べ物の名前が登場するとところかまわず連想の数珠繋ぎがはじまってしまう彼女の悪癖が、ここのところはいよいよ顕在化しつつあった。

 「……おい、セイバー」

 アーチャーは声をひそめて、傍らのセイバーの、形のよい耳へむけてささやきかけた。背丈の差でしぜん、腰を落としてかがむような姿勢になる。
 「……今夜は君の家もビーフシチューなのか」
 「えっ? いえ、シロウは今夜は肉じゃがにすると。ああ、肉じゃが、シロウの肉じゃがはいいものです。染み入るようなやさしい味がします」
 「ふん、味付けと煮込みのバランスがまだまだ……いや違う、だったらどうしてあのご婦人は……」
 「うふふ、仲がいいんだねえ」

 ひそひそとささやき交わすふたりを眺めて、おかみはますます目尻を下げる一方である。ところでさきほどからおかみが包んでいる牛モモの量が、どうもアーチャーの注文した量をはるかに超過しているように思えてならない。いくら凛が食べ盛りの少女であるとはいえ、これではまるでセイバー用ではないだろうか。しかし値段は注文どおりの数値を示している。赤い革の札入れを手にしたまま、彼はどうするべきか悩んで、結局提示されたとおりの金額をはらった。

 「おいしいものつくってあげてね。セイバーちゃんもまたね」
 「はあ……」
 「はい。次はメンチカツをいただきにきますね」

 こうしてアーチャーはセイバーと並んで肉屋を後にすることになった。自分のあずかり知らぬところで、なにかとんでもない渦の中に放り込まれたのではないかという不吉な予感だけが、彼の背中をしじゅうおびやかしていた。直感スキルこそないものの、この手のいやな予感だけはとかくよく当たるのだ。


 いつのまにか二人は並んで歩くような格好になってしまった。本来なら肉屋から離れた時点で別れることだってできたのに、示し合わせるでもなく、なんとはなしにそうなったのである。
 アーチャーはチェスの駒にでもなった気分だった。何かしらの理由をつけて彼女から離れようと試みると、盤を見下ろしている手が自分という駒をひょいとつまんで、またセイバーの隣に並べてしまうのである。ふたりを静かな、しかし奇妙な力強さで磁石のようにくっつけているものの正体に、アーチャーは気がつきつつあった。たそれはとえば通りすがった総菜屋の主人の、花屋の女性の、酒屋の前で世間話に花を咲かせる主婦三人の、ちらとこちらをうかがう視線である。マウント深山商店街を根城にする人々の目線が、かわるがわるにアーチャーとセイバーに降り注いでくるのだ。
 困ったことにはこの視線、悪意あるものであるならまだ対処もしやすいというのに、どうやらそうでもないらしいのだ。彼らのまなざしには得も言われぬ優しさがあった。ほのかな高揚があった。セイバーとアーチャーのそれぞれに注目するというよりも、二人をまとめて一対のものとしてながめ、ほのぼのと愛でている風情がある。 これのせいで、どうしても誰かの期待を裏切るということへの抵抗が抜けきらぬアーチャーはセイバーから離れがたくなっている。自分が彼女と別れてしまったら彼らががっかりするだろうことがわかるからだ。
 傍らを歩くセイバーに目をやる。彼女がこの目線に気づいていないはずもない。ただ、こちらは人に見られるということにあまりにも慣れすぎていて(何しろ一国の王だったのだ)、気に止めるようすが薄い。
 とうとう彼は自分から口を開いた。

 「セイバー」
 「はい」
 「私の顔になにかついているかね」
 「いいえ。いつも通りと見受けますが」
 「シャツが裏返しだったり、左右で別の靴をはいているとか」
 「いいえ」
 「ならばこの、なんだ、商店街のみなさんからの何ともいえない視線は」
 「私にもちょっと……。まあ、私たちは目立ちますからね」

 それは理解できる。立地上、冬木の町には外国人が比較的多いのだが、それを差し引いてもふたりともとかく目を惹く取り合わせだ。とくにセイバーは、すれちがったのちにわざわざふりかえる者さえある。美しいブロンドの髪と、疲れのない白くなめらかな肌をそなえながらも、年相応の少女らしい無邪気さには縁がうすい。可憐な容姿には少し不釣合いなほど大人びた、落ち着いた物腰をしている。奇妙な訛りやアクセントのない堪能な日本語も、その神秘な雰囲気に拍車をかけているだろう。
 そこへきて彼女の隣に立つのが、日本人離れした褐色の肌と鍛えた体格を持つ、いっけんして無国籍風の成人男性である。場合によっては警察に声をかけられてもおかしくはない。だから彼女と歩くのはなるべく避けたいところなのだが、前述のとおりどうもこの視線は二人の見た目の風変わりさばかりによらしむるものではないらしいから困惑は深まるばかりだ。物見高い商店街のご歴々の耳目をそばだてるような何かが、ほかにあるのだろうか。
 これなら怪訝な目を向けられたあげくに警察を呼ばれたほうがまだましであろうな、とアーチャーはつくづく思う。それならしごくまっとうな常識の範囲内の話で納得ができる。こんな、今の季節めいたあたたかい視線に浴するいわれがわからない。

 (参ったな)

セイバーは相変わらず滑らかな歩行を続けている。髪をゆわえたリボンがかろやかに跳ねて、金の野原にたわむれている青い蝶のようだ。あらためて見下ろすと小ぶりな頭だった。肩はせまくて、すんなりとしたくびすじは驚くぐらい細い。アーチャーはいまさらながらに彼女の小柄さを知った。あるいは思い出した。いつかどこかで、アーチャーであった何かが、そんな感懐に打たれたことがある。

 (……本当に、参った)

 セイバーと長い時間ふたりだけでいるのはきわめてうまくない事態だ。今のところ彼女は黙っているが、いつこんな薄氷めいた均衡がやぶられるか、わかったものではない。平たく言えばいますぐ逃げ出したい。なにしろ自分の正体は、すでにセイバーに知られている。
 本来ならアーチャーは、あのとき、まばゆい美しい朝焼けとともに座に還るべき存在であった。しかし、おのれの主人とあの恥ずべき未熟者がなにがしかの手段でそれをとどめた。凛の魔術回路はふたたびアーチャーとつながれて、どういうわけだか現界が続いている。
 あれから数ヶ月が経とうとしていたが、セイバーのほうからは何も言ってこない。あくまで士郎のサーヴァントとしての立場を守ったうえで、いたって普通に接してくる。けれど時々、なにかもの言いたげにこちらを見つめていることがあるのにも当然彼は気づいている。けれど、だからといっていまさら何を言えばいい? 何が言える?

 地獄に落ちても忘れないと思った。だれよりもなによりも眩しくて、美しかった彼女を、しかし自分は救うことがかなわなかった。
 隣を歩く彼女はあのとき共に駆けた彼女ではない。擦り切れた記憶の中にある彼女と寸分たがわぬ輝きを宿していても、ちがうのだ。いや、この言い方だってほんとうは正しくない。自分は彼女と聖杯戦争を戦ってなどいない。彼女の隣にいたのは英霊エミヤではないのだから。あの少年も、彼女も、何一つなしえなかったまま、たとえ世界の終わりが来ても二度とめぐりあうことはない。

 アーチャーはセイバーの知るシロウではなくて、セイバーはエミヤシロウが救えなかったアルトリアではない。ここにいるふたりして、自分が求めている誰かの影にすぎないものを見ている。
 だからアーチャーは恐れている。いつしか自分が、隣の彼女を使って報われぬ過去のやり直しなどというあさましい行為に手を染めやしないかということだった。何しろ自分には前科がある。報われぬと知りながらかつての自分を殺そうと企てた。よもやそんな馬鹿げた真似はすまいと、と否定するのはたやすいが、それでもセイバーを見ているとどこかで揺らぐ自分を感じている。りりしい横顔も、ふとしたときのやわらかな面持ちも、なにひとつとして変わらない。いつしかアーチャーは遠い日の少年に立ち戻っている。ほんの一時でも永く、彼女に穏やかな時間を与えられたなら。……それは決して望んではいけないことだ。少なくとも自分だけは、望むべきではない。そんな資格はとうにない。
 ふいにセイバーが足を止めた。

 「どうかしたかね」
 「いえ、その」
 彼女はらしくもなくもじもじした。こういうときはたいてい食べ物がらみである。
 アーチャーの予想はすぐに正解と知らされた。ゆくてからふわりと、かぐわしく甘い匂いが流れ寄ってくる。見慣れたのぼりの立っている店である。ついでに言えば江戸前屋とならんで彼女がごひいきにしている和菓子屋だ。匂いから察するに、看板商品のどら焼きが出来たてらしい。

 「寄っていくか?」
 そんな言葉ががつい口をついて出ていた。セイバーが瞳をかがやかせてこちらをまっすぐに見た。
 「はい、ありがとうございます! 感謝します、アーチャー」

 彼はものも言わずに背を向けて、さっさと店内に足を踏み入れた。人によってはぶっきらぼうな動作と思われるようなそれは、正面からなにかまぶしいものを見てしまった人間の反射行動にすぎなかった。それゆえアーチャーはついぞ気がつかない。このどら焼きの誘惑こそ、自然な流れでセイバーから離れる好機であったのだ。それが先んじて店に入ったことで、彼は自分からこの機をつぶしてしまったのである。

 「すみません、どらやきをみっつください」

 ライオンの顔のかたちをしたかわいらしい小銭入れを手に、セイバーが呼びかける。店番に立っていた厚い化粧の女性はどうやらセイバーの顔見知りであるようだが、親しげな笑顔をつくったかと思うととつぜん真顔になってセイバーの顔をしげしげと眺めた。そののち、迷うことなく視線を隣のアーチャーに向け、マスカラをこってり盛り付けたまつげを二、三度またたかせた。店の外で待っているべきだったと彼はいまさらながらの後悔をした。おそらくもう遅い。

 「セイバーちゃん、その人」

 いやな予感がする。

 「アーチャーが何か――」

 セイバーの返答よりも先に、彼女は猛然とふりかえって店の奥へ呼びかけた。

 「あんた! ちょっと来てみなよあんた、ほら。うわさのセイバーちゃんの婚約者来てるから!」

 アーチャーは手にしたビニール袋を危うく取り落としかけた。



 「申し訳ありません……すっかり失念していた。あなたにも説明しておくべきだった」
 「実に霊基に悪い体験だった」

 商店街からすこしはずれた公園のベンチに、ふたりは並んで座っていた。商店街の中にもいくつか小さな公園はあるが、そんなところで休憩をとればたちまちのうちに例の視線の集中砲火を浴びるだろうことは想像に難くない。考えただけで気が滅入る。あのまなざしの真意が知れた今、二人とももはやすすんで只中に飛び込もうなどとは思わなかった。そういうわけで、ふたりはまるで駆け落ちを決行した恋人同士みたいにこそこそと人目を避け、人気のない道を選んで歩きながら商店街をはずれて、この公園まで赴いたのだった。

 すでに夕暮れが近かった。むこうの空ではやわらかなばら色に染まった雲がほぐれ、穏やかに流れているのが見える。あたたかな春の宵だった。
 腰を下ろしたふたりのあいだには、和菓子屋の紙袋がある。中にはおみやげと称して持たされたどらやきがどっさりと詰まっていた。その充実を見ていると、アーチャーはいやがおうにも、数十分前のあの狂乱の一幕を思い返さざるを得ない。
 アーチャーが呆然としているあいだに店の奥であんこ炊きをしていたご主人が登場し、しばし夫婦は感心するほどのエネルギーでもってアーチャーとセイバーという二騎の英霊を圧倒した。とくに主人の盛り上がりはひとかたならぬものがあった。アーチャーを上から下まで嘗め回すように眺めたあと、彼はわざわざ店台から出てきたかと思うと今度はアーチャーの腰まわりやら腕やらを触ってなにやら検分しはじめたのである。ひとしきりそうしたのち、うわさどおりの色男だとか体つきもりっぱだしそれでいて料理もできるときたもんだいやいやこれならセイバーちゃんを任せても安心だとか、あれこれとまくし立てた。

 「いやな、セイバーちゃんはほら、アイドルなんだよ。マウント深山の。だからその許婚がどこぞの馬の骨みたいな野郎だったらこりゃあ黙ってられねえと思ったんだけどさ、 ……ところでおにいちゃんその肌日サロ?」
 「……いえ、世界中回っていた時期があったので、それで」
 すっかり気圧されたアーチャーが答えると、主人は大げさにのけぞりながら、
 「ははーっ! なるほどなるほど! 人生経験豊富っぽい顔してるもんな。女性経験も豊富だったりは……」
 「このバカ! あんたセイバーちゃんの前で何言ってんの! ごめんなさいアーチャーさん、こいつほんと和菓子作らせる以外には無神経で」

 乾いた笑いしか出てこない。帰ってひたすらキャベツの千切り作業にいそしみたい気分だった。
 ご夫婦は当人たちを置き去りにしたまましゃべりつづけている。その話題の尽きぬことといったら、かの英雄王の宝物庫から射出される武器のごとしだ。そういう意味でこの二人は実に似合いの夫婦であった。
 これはいったいどういうことか――アーチャーはこの隙を見計らってセイバーのほうを見た。目が合った彼女は罪悪感に満ち溢れた顔をしており、どうやら事情を知っているのは明白だったが、そんな顔をされてしまうともはや強くは出られない。アーチャーは黙ってこの嵐を乗り切ることに決めた。こうして事情の説明は、公園まで待たれることになったのである。

 ――さて、セイバーが語り始めた。

 「二週間ほど前の話になるのですが……」

 ことの次第はこうである。ある日、おつかいに出た先でセイバーはマウント深山商店街の誰がしかに、アーチャーとの関係を尋ねられたのだという。セイバーが士郎以外の、それも大人の男と共にいたのを珍しがられたのだろう。

 「おそらくですが、たまたまシロウか凛が席をはずしているときに、わたしとあなたが二人でいる場面を見たのではないかと」

 とセイバーは語った。なんとも間の悪い話である。自分はなるべく彼女と二人きりにならぬよう心がけてきたのに、偶然で生じたほんのわずかな、取るに足らない時間を第三者に目撃されたことからめぐりめぐって、今の状況が呼び込まれてしまった。
 この出し抜けの質問にセイバーはもちろん困った。こういうときに助け舟を出してくれる士郎もいない。言葉に詰まる彼女の頭にひらめいたのが、いつか大河が見ていたテレビドラマの内容であった。

 「見かけとしては私とあなたほど年の離れている二人の男女登場するのですが、互いの親が決めた婚約者同士、という設定でした。つまり許婚ですね。それを思い出して、これだ、と」
 「これだ、って……」

 もとよりその場をしのぐのに用いた方便だ。セイバーもはやばやとそのことを忘れてしまったのだが、いつでもゴシップに飢えている商店街の人々のあいだでは、こんな話題はすてきなご馳走である。二人の話はたちまちのうちにマウント深山の人々のあいだで広まった。

 異国の少女と無国籍風青年の婚約者同士などという、いかにもなにか物語のあるのを思わせる組み合わせは人々の感興をそそるに十分だ。そこへきて、許婚などという昨今あまり聞き及ばぬような古風な関係が付与されたものだから、みんないよいよ想像力をたくましくした。噂のたいていがそうであるように、そうなってしまえばもう止められない。際限なく尾ひれがつく。

 そういえば、とアーチャーは先の和菓子屋での会話を思い出した。セイバーは「婚約者」と簡潔に説明しただけにもかかわらず、あの夫婦から聞き及んだときにはやたらに設定が凝っていたというか、話がずいぶん大きくなっていた。

 「惣菜屋の飯田さんからきいたけど、アーチャーさんは今セイバーちゃんのお婿さんになるために遠坂さんのおうちで修行中なんでしょう? 大変だね、こんな遠い国まで来て……でも留学中のセイバーちゃんを追いかけてくるなんて、それだけ好きってことなのよね。いやあ、愛だわ」
 「でもさ、親同士が決めた許婚とかってドラマなんかだとアレだろ、どっからか間男みたいなのが出てきてさ、結局そいつが横からかっさらったり……。士郎くんに限ってそんなこたねえと思うけど、人生の先輩として言わせてもらえば世の中にはよろめきとか間違いってもんがあるわけで……とりあえずお兄ちゃん、しっかり捕まえておけよ!」
 「余計なことを言うんじゃないよあんたは! ごめんねセイバーちゃん、はいこれお土産ね」
 「セイバーちゃん、あんまり食うと旦那さんのメシ入らなくなっちゃうぞ」
 「あーもうあんたは後ろにひっこんでなっつーのに! でもこうやって見るとほんとにいいねえ、このあいだ商店街のみんなで宴会やったときにも話に出たんだけどね、二人とも美形だから子供なんか生まれたらさぞかし……」

 アーチャーは白目をむきたくなった。すでに宴会の卓を賑々しく飾り立てるほどにまで、自分たちの噂が発展しているのである。
 こうして歴戦の英霊であるはずの二人はものの数分で気が滅入り、なんとも硬い面持ちで和菓子屋を出ることになった。どんな大魔術でも宝具でもなく、気のいいご夫婦の単なるおしゃべりと冷やかしががよもやここまでの力を有しているとは思っていなかった。世界は広い。

 回想にふけりながら、アーチャーは遠く流れる雲を眺めて息をつく。

 「この国には人の噂も七十五日、という言葉があるが……三ヶ月ちかくもこの目線に耐えねばならんかと思うと応えるな」
 「すみません……」
 「そもそも七十五日でおさまるかどうか」
 「申し訳ない……」

 うなだれたセイバーを見下ろしながら、とりあえずこのへんにしておこう、とアーチャーは思った。彼女を責めるつもりなどみじんもない。ただ、自らの過失に対し、他人から相応の罰のなければ際限なく気にし続ける気性を知っているので、形式的に責めるような目線を向けただけにすぎない。
 セイバーはもともとちいさい体をさらに縮こまらせていたが、ふと思いついたように真ん中の紙袋をがさごそやったかと思うと、どらやきをひとつ取り出して、苦渋の表情でアーチャーの眼前に差し出した。

 「どうか、このツインどらやきに免じて……」
 ツインどらやきはあの店の名物で、あんこのみならず自家製のカスタードまで挟まれた、贅沢かつ単純明快な一品である。ふつうのどら焼きの倍の値段がするので、乏しい小遣いの彼女にはおいそれと手が出るものではない。その価値を知っているアーチャーは、なるべく厳格な顔をして、うやうやしくどらやきを受け取った。つつみをむいて、真ん中から均等にふたつに割る。片方をセイバーのほうにさしだした。

 「私には甘すぎる」
 「……ありがとうございます」
 ふたりは並んでどらやきを食べた。

 春の夕暮れの中を、さまざまな人間たちがゆきかっていく。学校帰りの子供たちが駆けてゆくのを見た。大きな犬を連れた老夫婦が寄り添いながらゆっくりと歩いていくのを見た。携帯電話で談笑しながら、通話の切れたあとにはこころもちさびしげな目をして早足になった青年を見た。さまざまの人生がふたりの前をよぎっていく。あの中のどの人生にも、おびただしい出会いと別れの可能性、さまざまの感情が渦巻いている。
 水彩画を敷き述べたような景色を、ふたりは静かに見守っていた。
 ふと、アーチャーの視界の端にとまっていた青い蝶が飛び立った。セイバーの髪をむすんでいる、例のリボンである。とつぜん立ち上がった彼女を、彼はなにともなしに見上げた。

 「ここは平和な土地ですね」

 こんなことを語るときのセイバーは、本当に穏やかな顔をする。その表情はもちろん美しい。けれど、それはたんに見目かたちのよいという話ではなくて、その心根にあるものの美のすがただ。平穏に生活を営む、名も知らぬ人々の生活を慈しむ心が、白いおもてに、まるで清らかな湖面のように映し出されている。
 やおらに彼女はくるりと振り返ると、

 「……あなたには迷惑な話かもしれませんが、今考えるとあの嘘は、さほど悪手でもなかったように思っているのです」
 と言った。

 「なぜだね」
 「アーチャー。今の状況をどう思っていますか」

 今の状況、といわれて思い当たるところは 聖杯戦争が終結してなお、二騎の英霊が現界をつづけているこの状況だった。聖杯の破壊された今、凛と士郎のふたりがかりであっても、セイバーひとりをとどめておくのが精一杯のはずだ。それがなぜ自分までいるのか、いまさらこの地で何をすればいいものか、迷っていないと言えば嘘になる。

 「……正直困惑しているよ」

 彼は素直に答えた。   「あれだけのことをしでかしておいて、おめおめと現世に居座らねばならぬのだからね。あるいはそれが罰なのか。どちらにしろ、マスターからの要請とあれば答えねばなるまいさ。……君はどうなんだ、セイバー」
 「私ですか? そうですね、存外、悪くはありません」

 意外な答えであった。すでに聖杯を失ったこの地で、セイバーが現世に留まりつづける理由はもはやない。だというのに、表面上では淡々と、穏やかにさえ見えるようすで日々をすごしている彼女を、アーチャーは密かにいぶかしんでいたのである。こんな彼女は知らなかった。同時にアーチャーはまた別の理由に驚いてもいる。あれだけ忌避していた、あの戦いの地続きにあたる話を、セイバーとふたりきりで、実にあっさりとできてしまっていることに。

 「……あなたは私の望みを間違っていると断じた。その理由を シロウや凛と共に在ることで見出せるような気がしているのです」
 「……セイバー」
 「言葉は不要です、アーチャー。答えは私が見出し、おのずから得るものだ。あなたに教えられるようなものではない。……それに、シロウも、凛も、この剣を捧げるに値するすばらしいマスターたちです。私はまだもう少し、あの二人の行く末を見守ってみたい。もはやあなたと争う必要もありませんからね」
 「わからんぞ。あまり私を信用しすぎないほうがいい。いつかまた性懲りもなく、君のマスターを狙うかもしれん。せいぜい背後には用心することだ」

 セイバーは笑うだけだった。こんな姉のような微笑みは、はっきり言葉で諌められるより居心地が悪いものだ。  そのとき、むこうからころころとサッカーボールが転がってきて、彼女のつまさきに軽くぶつかってとまった。すみませーん、と手を振りながら子供たちが駆けて来る。セイバーはかがんでボールを拾い上げると、猫の子供でも拾ったみたいにしげしげと見つめた。その口元はやさしくゆるんでいる。
 見事な金髪を持つ美しい少女からボールを渡されて、小学校の高学年とおぼしい少年たちはたいそうはにかみながら礼を言った。照れくささの反動か、ふざけあいながら去っていく彼らの背中を、セイバーはかがやかしい波の寄せ返しを見るように眺めている。そうして、ふたたび口を開いた。

 「……ふと、考えるのです。こんな日々は――なにか、夢のようだと」
 「――ああ」

 やはり、とアーチャーは思う。彼女とて気がついている。このような時間はいつまでも続くようなたぐいのものではないと。

 「アーチャー。夢はいつか、覚めるものですね」
 「覚めない夢は悪夢と呼ぶべきだろうな。あるいはもっと簡単に、現実と呼ぶ人間もいる」

 それはたとえば、かつて夢見た正義の味方となった少年のように。彼は永遠に夢から覚めることはない。正義の味方として、いついつまでも、出口の見えない地獄をめぐりつづけている。これまでもそうだし、これからだってそうだ。

 「私たちが英霊である限り、どこまで行こうがこの世界にとっては客人にすぎません」
 「……そうだな」

 いつかになるかはわからない。明日かもしれないし一年後かもしれない。けれどもそう長い話でもないだろう。喚ばれたその瞬間から、遠からぬうちにこの世界から立ち去るべき存在であることが決定している。それが英霊だ。
 しょせん、二人はかりそめの肉を纏った亡霊にすぎない。世界を見聞することはできても、世界の何かを変えることは不可能だ。物事を変えられるのはいつだって、今しもアーチャーたちの眼前を通り過ぎてゆく彼ら彼女らのような、あるいはあの愛すべきマスターのような、生きた人間たちである。
 アーチャーはふと自らの足元に長く伸びた影を見た。自分たちは影だ。世界に生きるすべての人々の影だ。

 「……私たちが還れば、事情を知らない人間たちは突然消えた私たちをいぶかしむでしょう。その対応をするのは当然我々のマスターです。私としてはそんなことで、シロウや凛に要らぬ負担をかけたくない。二人には過去の存在になどわずらわされることなく、ただ己の目指すものに向かって歩んでいてほしいのです」
 「なるほどな。それで、婚約者か」
 「ええ。それなら、二人していつ消えてもさほどの違和感はないでしょう。本家に呼び戻されたとか、適当に言い繕うこともできます」

 セイバーはいましも羽ばたこうとする白い鳩のように、両腕をひろげて、アーチャーのほうをふりかえった。髪のひとすじひとすじが、落ち行く陽を受けて燦然と、燃えるように光る。そのまま音もなく光の中に融けてゆきそうに見えて、アーチャーの胸は奇妙にざわついた。

 「この国では、立つ鳥あとを濁さずと言うのでしょう?」
 「よく知っていたな」
 「大河に教えてもらいました。……わたしが成人したら、故郷のイギリスであなたと結婚する、ということになっています」
 「成人ね」

 遠からぬうちに夢から覚めてしまうことを、否、さめねばならぬことをよく承知している彼女は、だからこそそのようにして自分たちに期限を設けたのだ。
 英霊は齢を重ねない。彼らの時間はとうに停止している。そも、時間という概念など世界と契約した時点で失っているのだ。いまこの瞬間でさえ、彼らはずっと死に続けている。たぐいまれな美しさの萌芽をやどしながら、目の前の少女が成人し、その美を花開かせることはない。永遠におとずれぬどころか、この宇宙のどこをさがしても見つからない時間だ。けれど、何も知らない、今を生きるあの気のいい人々は、二人がきっとそのときを迎えられると信じている。もはや存在しないであろう、幸せな異国の夫婦の姿を想像して、時折頬をほころばせるにちがいない。

 「そのころにはシロウも、凛も、今より数段成長しているでしょう。私たちはおそらくその姿を見られないでしょうが」

 アーチャーは瞼を閉じて想像してみた。自分のいない未来、凛は一顆の宝石のように美しく気高い魔術師になるだろう。それからあの、未熟者。あれもきっと、自分とは違う道を歩んでいく。なぜならあれの隣には凛がいる。彼女の隣で理想を追い続ける限り、あれが自分と同じ道をたどることはない。断言できる。たとえその姿をこの目で見ることが、永遠にかなわなくとも。

 「なるほどな。君の理屈はとりあえず承知した。確かにそう考えれば悪手とは言い難いかもしれないね」
 「……あなたを巻き込んでしまって申し訳ないと思っています。ですが、あなたなら――」
 「解ってくれると思っていた?」
 セイバーは意外そうに目をみひらいた。今日はこちらが驚かされ通しなので、わずかばかりの報復である。
 「いつの間に千里眼スキルを?」
 「そんなたいそうなものではない。……ただ、おまえの言いそうなことを予想するのはけっこう得意なんだよ、オレ」
 「似ているのかもしれませんね」

 ふだんならよしてくれと皮肉のひとつでもつらねてやるところだが、アーチャーは何も言わずにうなずいた。彼女と自分は、自分だったものは、魂のかたちが似ていた。だからきっと惹かれた。時間も場所も問わぬ、ありとあらゆる地獄巡りの果て、それでも彼女の面影は擦り切れた意識の中から消えることはなかった。

 アーチャーは立ち上がってセイバーの傍らまで歩み寄った。凛々しく整った横顔をつぶさに観察する。
 隣にいるのはかつて共に戦った少女ではない。自分が助けられなかった少女ではない。ここにいるのは彼の中に息づくアルトリア・ペンドラゴンという少女の影だ。けれど、こんなまばゆい、こんなみずみずしい影があっただろうか。自分もサーヴァントという影の身分になったからこそわかる。生のあるあいだは知りえなかった英霊としての彼女の苦悩や、葛藤や、寂しさや、何かを慈しむ心が、今になってはっきりと、英霊エミヤのなかで実像をむすんでいる。それは彼が胸の中に抱くものとよく似ていて――だからきっと、こんなにも惹かれている。

 「シンプルな話だ。我々が良好な関係にある許婚の芝居を続けていれば、私たちにも、私たちのマスターにも好都合。何か不自然があってもむこうがいいように解釈してくれる」
 「そういうことです。先ほどの和菓子屋の件を見ても、その、私たちの話はずいぶん一人歩きをしているようなので」
 「歩くどころか坂道を転がり落ちる勢いだ。雪だるま式とはあのことだ。まあ、いいさ。そういうことなら私も及ばずながら手を貸そう。私のマスターは冬木の管理者の職務に加えてあの小僧の世話と、あれやこれやと背負っている身だからな。この上私のことで手を煩わせるわけにもいかない」
 「あなたは本当に凛が好きですね」
 「当たり前だ。あんなマスターにはそうそう巡り合えない。私はあらゆる面で君に遅れをとってはいるが、そこだけは、胸を張って誇れるよ」

 言ってアーチャーはセイバーの眼前に手を延べた。

 「では、せいぜい仲睦まじい婚約者に見えるよう、町内のみなさんに見せつけて帰るとしよう」
 「名案ですね」
 セイバーは微笑んで彼の手をとった。尊い一輪の花を手渡されたような重みを手のひらに感じる。彼女の手は少し冷たく、そっと包むとやわらかく握り返してきた。その力のやさしさに彼はこみあげてくるものを感じた。

 「さしずめ長い婚前旅行といったところかな、今の状況は」
 「旅行ですか。旅行の醍醐味は食事にあり、とこのあいだテレビで見ました」
 「君もすっかり俗世間に染まっているな」

 二人はのんびりと歩きながら、他愛もないことを話した。士郎がどうもアーチャーの剣の型を真似しはじめていてセイバーとしては面白くないこと。桜に弁当をご馳走したいからと、ここのところは凛がアーチャーにしきりに手料理の味見を求めること。そんな話題のさなかに、二人は自分たちの設定づくりにふと熱中したりもした。

 「ただ時間が経ったらではおもしろくない」
 「と、言うと?」
 「何か条件をつけるんだ。私が君を剣で負かしたら、というのはいかがかね。いかにも古風な家のしきたりみたいじゃないか」
 「それはいけない。いつまでも結婚ができませんよ」
 「言ってくれる」

 ふたつの影が、比翼のように寄り添って街をゆく。やがて影はひとつに融けあって、はじめからなにもなかったかのように、夜闇の中に消えていくだろう。

 (了)